【制作レポート】「ことばの渡し」パフォーマンス篇
5月23日(日) 隅田川怒涛 内「ことばの渡し」が開催、コロナ禍の2年を乗り越え、ことばのアーティストたちによる熱いステージが繰り広げられた。ことばの渡しとは、境界としての象徴的な存在である川、分断が起きやすい今の時代に、その川に掛かる橋の上で、ことばを用いて⼈と⼈を「渡し」ていこうとするプログラムである。
このイベントのお話を最初に隅田川怒涛を運営するNPO法⼈トッピングイースト、そしてことばの渡しを共に企画したCINRA.NETから頂いた時に、このようなことばの表現を取り扱ったイベントが、アートフェスティバルの中に組み込まれたことに驚いた。
はっきり言ってしまえば、そういった言葉を中心に置いたイベントはそれまでにもあったが、ここまで大きくフィーチャーされたものはなかったからだ。それと同時に、そのことが現代において、とても強い意義があると感じた。何より新しい表現の発信や交流が起こるだろう、ととてもワクワクした覚えがある。
当初会場予定であり何度も足を運び見学した隅田川にある桜橋は、墨田区と台東区の架け橋の上であり、見晴らしもとてもよく、東京スカイツリーが見守るという、このプログラムを開催する場所として最高のロケーション。この場所で⼈々がことばの表現を通して、最終的にはことばを渡すことを目標に始めたはずであった。
具体的には、カニエ・ナハ、宮尾節子による詩のワークショップ、晋平太によるラップのワークショップ にて、ことばの表現方法を学び、サイファーブースやラジオブースにて習った詩やラップを発信し、バンド「SECRET COLORS」が即興の演奏をする上で、いとうせいこうが総合司会を務め、⼈と⼈が対話をする対岸ジャムブースがあった。
しかし、多くのフェスや音楽イベントがコロナ禍での開催を模索、変更を余儀なくされていった中、同じように桜橋で2日間に渡り開催予定だった「ことばの渡し」は、緊急事態宣言の延長を受けて、急遽オンライン開催へと切り替えることになった。開催まであと約2週間という時だ。
会場は、ムラサキスポーツのスケートボード場でもあるMURASAKI PARKTOKYO に会場を移し、無観客生配信イベントとして開催された。
しかし蓋を開けてみれば、この会場、スケートボード場に点在している3か所のセクションをステージとして、20mは距離をあけた位置にいる次の演者同⼠がことばのパスを投げ、受け取る様子は、返って分断された世の中でも、ことばを渡し、繋げる姿が可視化できたとも言えるのかもしれない。また、この環境ならではの各アーティストによる趣向を凝らしたパフォーマンス、演奏や音はもちろん、⼈間の躍動をとらえていくダイナミックなカメラワークは、見る者を惹きつけけ、フェスの楽しみに溢れた1日間となった。
話を戻して、実際に行われた「ことばの渡し」のプログラムを振り返りたい。
まずことばの渡しでは、ことばのプロたちによるワークショップからスタート。
詩の教室としてカニエ・ナハによる「名前詩」、
同じく詩の教室にて宮尾節子による「集まる詩」
そしてラップの教室として晋平太による「自己紹介ラップ」
の3つのワークショップを経た。
そしてその後に、いよいよ本編とも言えることばのアーティストたちによって、ことばを渡していくパフォーマンスがスタートする。
書家・田中象雨によってデザインされた「ことばの渡し」フラッグが見守る中、4カウントから始まる即興バンド「SECRET COLORS」の演奏。
グルーヴィーに、そして情緒的な導⼊で痺れさせる。SECRET COLORSは、ギターベースドラムというシンプルな編成で、この日すべてのアーティストのバックサウンドを、詩の内容や各アーティストのスタイルを見て構築していった。
初見のアーティストばかり、しかも前日に1度バンドのみでリハーサルをしただけというから驚きだ。
そして8ビートに始まり、新橋サイファー、川越サイファー、くるんちゅfrom MAD Cityからなるサイファーチームによるフリースタイル。普段路上で円になりラップするサイファーで培ったスキルを披露、若手ながら矢継ぎ早にマイクパスしていく様はこのことばを象徴するイベントの導⼊としてピッタリだ。
そしてサイファーチームによる巧みなラップのパスワークの後、熱くジリジリと盛り上がった音は急速に暗転する。
2番手中原中也賞作家であり、詩⼈のカニエ・ナハ。
どこか不穏な雰囲気に包まれながら、このイベントのために描き下ろしたという作品「すみだ川沿いをある日曜日散歩して、川のかたわらのドトールで詠んだ、橋にまつわる⼗⼆の短歌」を詠み上げていく。
隅田川隅田川にかかる橋についての作品だが、青いスポットライト、そしてその詠み⼝がまるで怪談朗読を想起させる。
またそのテキストをTwitterにアップしているのだが、おおよその目分量としつつも、橋と橋の間(行間)を、じっさいの間隔に合わせたとある。こうしたデザイン面での面白さも詩の新たな魅⼒を発信し続けるカニエ・ナハならではだ。
そしてその静まった場内から、心臓音に模したバスドラが場内に響き渡り、精神科医でありラッパーであるというDr.マキダシの小気味よいラップが始まる。本来であればそのユニークなキャラで、ラジオブースの司会を任されていたDr.マキダシだが、演者として登ったステージでも⼗分なエンターテイナー・ヒップホップ伝承者ぶりを見せた。
本来であれば、ここで出演予定であったなみちえの出番。
残念ながらキャンセルになってしまったが、若い世代の新しいアイコンとして、様々なメッセージ、アートを創っている存在として、どうしてもこのイベントに出てほしかったが、すべての物事がきれいに揃ってしまうことは、満足し、今後に繋ごうとしなくなってしまうとも言える。今でも彼女がここにいればさらに刺激的なステージになったであろう、と思っているが、それはまた別の機会にとっておこう。
流れを巻き戻し、Dr.マキダシから、その後のGOMESSへとことばが渡った。若い世代のカリスマでもあり、ラッパー、ポエトリーリーディングアーティストの中で、ラップスキルなど彼の実⼒の右に出るものはいないと言っても
過言ではない。
すべて即興であるラップから紡ぎ出される言葉は、自問自答を繰り返しながら⼀歩ずつ真理を追求する様であった。
まるで1⼈舞台のように360度自由に振る舞うそのステージは、この日のハイライトの1つであった。
共演者からも1番評判があったのもこのGOMESSであったことを添えておく。
そんなGOMESSの青く美しいステージから⼀転、SECRET COLORSの演奏はエグいロック調に変わる。
詩⼈・宮尾節子がタイトルを言い放つ。
「東京コーリング」タイトル通り高知の片田舎に住む自分を東京が呼んでいたという内容で、自身と家族のセリフを織り交ぜながら郷愁と上京への決意を滲ませた詩は、SECRET COLORSの演奏によって、メラメラと燃え上がるようであった。
また、現代詩がここまで強い音に包まれたのはおそらく初めてのことであろう。
そして宮尾節子の「東京コーリング」から、「東京が呼んでた、俺はニューヨークが呼んでた」と呼応する晋平太。
東村山にいた少年である自身が、ヒップホップ発祥でもあるニューヨークが自分を呼んでたと語り、ヒップホップに触れた時の衝撃、そしてそこから立ち上がった瞬間のことを即興と作品が織り交ぜられたスタイルのラップで披露する晋平太。
言わずとしれた日本のMCバトル、フリースタイルラップの大会で優勝経験もある晋平太は、その王者の貫禄を見せつつも「俺は雑草」というワードのリフレインが印象的であり、ヒップホップの逞しさ、⼒強さを感じさせた。
晋平太がラップを終え、いとうせいこうへとバトンタッチする。
演奏の余韻がある中から1度静寂に包まれたフロアの中、いとうせいこうが歩きステージへ向かう。
「しっかりことばを受け取った」と言わんばかりに、晋平太のいる方へサインを出し、スケートボード場の中央にあるセクションの上に置かれた長椅子に座る。
トリを務めたいとうせいこうは、自身のバンド「いとうせいこう is the poet」とはまた違ったサウンドの中、ダブポエトリーが展開され、時に演説のように語られるそのことばは、ネガティブなものではなく、⼈を導く光であると感じさせられた。
「この世には悪になど満ち満ちていない」「暗示の外に出よ」「俺たちには未来がある」と⼒強く言い放ち、最後に「同⼠よ、ことばを渡せ」と〆め、総勢何名のことばのアーティストたちによるパフォーマンスリレーが終了となった。
明記したいのは、演奏をスタートしてから、全てのアクトが終了するまでの約⼀時間。
主催としては、全く何も心配することがなく、安心してステージを預けられた。ただ順番を伝えステージに押し出すのみ。
あらためてすべてのアーティストたちに拍手を送りたい。
またこの日のイベント終盤には、同日同会場にて配信したアーティストの和田永が中心となって、あらゆる⼈を巻き込みながら使われなくなった電化製品を電子的にハッキングし、新たな楽器として蘇らせ、オーケストラを目指していくプロジェクト「エレクトロニコス・ファンタスティコス!~家電集轟篇~」、そしてスケーターたちとの共演があった。
これはコロナによる苦境から、たまたま同じ配信会場となり逆に生まれたコラボレーションであり、最後まで刺激的な空気に包まれた1日が幕を閉じた。
配信を見た⼈たちからは、たくさんの熱い感想が寄せられた。
分断を感じる世の中、隔たりがあろうと、画面の向こう側にことばを渡せたのではないか。
きっとアーティストとそれを見る視聴者との間でも通じるものがあったはずだ。
なお、ことばの渡し当日の様子は隅田川怒涛のオフィシャルYouTubeで確認できるので、ぜひチェックしてみてほしい。
▶︎『隅田川怒涛』「ことばの渡し」×「エレクトロニコス・ファンタスティコス!〜家電集轟篇〜」いとうせいこう、和田永、ほか
冒頭に書いた通り、この大きなアートフェスティバルにおいて、ことばのパフォーマンスアートが大きく取り上げられたことに強い意味を感じている。いつの時代にもある心の隙間。それを埋めるものがあるとしたら、その1つは「ことば」であるからだ。
ikoma(胎動LABEL)
「ことばの渡し」プログラム概要はこちら